高楊枝MIND

『武士は食わねど高楊枝』そんな気概を持って生きたいです。

~神戸「看取りの家」頓挫~ 在宅で看取れないからって施設へ看取りを押し付けていないか?

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『神戸「看取りの家」頓挫 住民「日常的な死」に抵抗感』神戸新聞6/8(土) 11:54配信

なんとも言えないニュース…
80代男性は「勝った負けたの問題で終わらせたらいけない」と話す…その通りだなあ…


考えさせられるニュース。
死に関する感情が交錯しいてる結果かね…
結局施設に看取りを任そうと言うのも、良し悪しは別にして、家族自身も死を目の当たりにしたくない感情もあると思う。



医療費増加から、病院で死なせないで、在宅で死なそうとする国の誘導がなされてから久しい…

「在宅で死にたい」と思っている人が半数以上いる(昨今のデータ偽造を考えるとこれも怪しいんじゃないかと思ってしまう)と国は言う。

在宅で死ぬ、素晴らしさをマスコミは報道する。

あ

あれから年月が経過して現状は…


サービス提供者は不足している…

在宅の医師も疲労困憊…

家族も在宅で本当は看取るの厳しいと思っている…


じゃあ、福祉施設で、看取ってもらおうか~

国は、看取り加算と称して、福祉施設へ看取りを求めだした。
「やるもやらないも福祉施設の判断ですよ…」と言い、「やったら加算で収入に色を付けましょう」と言わんばかりだ。

さまざまな看取り研修が開催され、看取りの尊さ、素晴らしさを語り、美化(?)しているようにもみえる。

でもね、実際看取りやっていると、得るものもあるが、疲労困憊にもなるんだよね…素晴らしいことばかりではない。

また、加算をとると実地指導で行政がいちいち重箱の隅をつつくので、看取り加算を取らずに看取りを行っている施設の多いこと…ボランティア看取りはたくさんの事業所で行われている。


看取りやれ!っていうなら、加算なんていわないでで強制しなよ。

そして、しっかり人員基準を増やしなよ。


人手不足のこの業界で、人員基準を増やせないのはわかっているくせに、看取りを暗に求めてくる今の制度はどうなんだろうか…